御柳のメールは簡潔だ。 そして時間を問わない。 件名も絵文字もない、ただ6文字だけでそれは構成される。 なぐさめてー この平仮名だけのメールが届くと俺は、可能な限り早く奴の元に駆けつけてやらねばならない。 何故かそう思い込んでしまっているだけなのだけれど。 脅されたとか、頼まれたとか、そんな理由さえないのに。 全く、最初に仏心を出してしまったのが全ての元凶だったと思い出すたびに後悔する。 正確には気紛れと悪戯心とかわいい仕返しと僅かばかりの同情だ。 あの真夜中のコンビニエンスストア。 俺は返信メールも送らずに、ほとんど店の御用聞き用になっている原チャに乗って其処へ向かう。 今夜はまだ日付は変わっていなかったけれど、俺はエアコンの効いた室内で既に眠りの海に落ちかけていた。 寝巻代わりのタンクトップとハーフパンツのまま、ポケットに財布とケータイだけ突っ込み、ヘルメットを装着する。 酒瓶とナッツやサキイカやスモークジャーキーや、おつまみの並んだ店先から、紺と白の車体、黒で猿野酒店の文字のそれを押し出し、エンジンをかければ夜の空気に排気ガスの匂いが色濃く混じる。 生温い風がヘルメットに覆われない耳を擽り気持ちよくて、なんだか理由もなくほんのすこしだけ胸が高鳴る。 御柳は今夜もあのコンビニエンスストアで、駐車場に面した雑誌の棚の前でガムを噛みながら雑誌も持たずに座り込んでいる。 ちょうど掃除の時間だったのか、茶色い髪とダメージジーンズの若い男がだらだらと床のモップ掛けをしていたが、床に残ったモップの跡はまるく御柳を迂回していた。 自動ドアを抜けて御柳のすぐ後ろを通って重たいガラス扉を開けると、ぺかっとゴムが密着から解放される音がする。 色取り取りの商品の中から、すこし逡巡してハーゲンダッツのチーズケーキとアップルパイを取り出す。 平坦な口調で会計をする店員に1000円札を渡して、返されたおつりを確認もせずに財布にじゃらじゃら落とし込むと、カップアイスふたつと同じ数のプラスティックスプーンが入ったビニィル袋を振り回しながら雑誌コーナーへ向かう。 膝に乗せた両手をだらりと垂らした御柳の枯草みたいな色の頭にその冷たい袋を乗っけてやると、御柳はそのときはじめて俺に気付いた、とでもいうような顔をしてみせて、さるのー、といいながら両腕を大きく広げた。 毎度のことだがわざとらしい演出だ。 ハーゲンダッツの入った袋を右手首に預けて両腕を掴み、御柳を引っ張り上げて立たせてやると、奴はぎゅう、と俺よりでかい図体で俺にしがみつく。 これもいつものことだから、俺はやりたいようにさせてやる。 そして俺はアイスクリームが溶けてしまう心配をする。 甲子園での長かったのか短かったのかよくわからない夏を終えて、まださほど時間は経っていないというのに、俺はこのやり取りになんだかもう慣れてきてしまっている。 人間には順応力ってのがちゃんと備わってるンだな、なんてどうでもいいこと考えながら。 電話番号やメールアドレスを交換した埼玉選抜の仲間達の中で、まっさきにメールを送ってきたのがものすごく意外なことにこの御柳だった。 全員で埼玉に帰ってきて、駅で解散したその日、その数時間後。 帰宅してすぐにスポーツバッグの中の衣類を全部引っ張り出して洗濯機に放り込み、ついでに自分の身に付けていた学生服のカッターシャツと下着と靴下も投げ込む。 久し振りの自宅の風呂でのんびり身体を休めて、濡れた髪のままテレビの前に転がっていたら、登録してからはじめて表示されたミヤナギって名前がリモコンのそばにあったケータイのディスプレイに光った。 本文にはなぐさめてー、とただ6文字だけ。 態度のでかい御柳にてんで不似合いなそのかわいらしい文字の並びに好奇心をそそられて、今どこ?と返すと華武高校とも御柳の家ともまるで逆方向のコンビニエンスストアの場所が送られてきた。 テレビの前から起き上がると、寝転がっていた畳が俺の髪から移った水滴で湿っているのにはじめて気が付いた。 扇風機の前へ四つん這いで進んで行き、濡れた頭を掻き回すと、心なしか髪が乾いたような気になって、俺は原チャであのコンビニエンスストアの緑色の光の下を目指す。 御柳は雑誌コーナーの前で座り込んでいて、ぼんやりしたみたいなその横顔を見つけた俺は、にやにやしながら踵を踏み潰したスニーカーでその太股を蹴っ飛ばす。 なぐさめてってなあにー、どうしたんだよバカラちゃあん、そう云ってやろうとした俺は、俺を見上げた左頬に紅葉のような手の痕がくっきり付いているのを見つけて、からかう為の言葉よりも先に、珍しく俺より低い位置にある頭を撫でてやるための手を出してしまった。 御柳はすぐに立ち上がって、俺をぎゅうと抱きしめて、なあ俺ってかわいそー、とぬかしやがった。 今なら分かるが、本当にかわいそうなのはこのときこいつにすこしばかり同情してしまったせいで、こいつが主に女絡みのトラブル起こすたびにたった6文字だけのメールで呼び出されてしまう俺のほうだ。 そんなこと知る由もないこのときの俺は、それから抱きつくというよりもただだらしなくめんどくさそうに俺の背中に貼り付いている男のためと自分のために、ガリガリ君を2つ、俺の財布から出した金で買って、店の外の車止めに腰掛けてそれを食べた。 何せ俺はそのとき今までの16年間の人生の中で幸せの絶頂だったから、自分の気持ちに余裕があれば下下の者にも優しくできるのですね凪さん!なんて俺にしか見えない凪さんに向かって熱く語りかけていた。 そもそも、振られる男のセツナイキモチなんてのは、俺にはわかりすぎるくらいわかってしまう。 そりゃあこの顔くっつけて甲子園でも黄色い歓声浴びてたこいつの事情は俺とは大違いかも知れねえけどよ。 御柳はちっとも弾けないソーダ味のガリガリ君をあっという間に腹の中に収めてしまうと、残された薄っぺらい棒をしゃぶりながらお前ガリガリ君てちょっとしょぼいっしょ、といちゃもんをつけてきて、俺はその生意気な横っ面に軽く拳を入れた。 それから半月、呼び出された回数は多分片手じゃ足りない。 最近じゃただ暇なときに俺を呼び出して奢らせたいだけなんじゃねーか、とさえ考える。 どっち、と袋から出しハーゲンダッツのうち、御柳は左手に持ったチーズケーキの方を選び、袋からスプーンを拾い上げるとさっさと食べ始める。 ハーゲンダッツ、アップルパイ味を右手に俺は国道に面したファミリーマートの車止めの上に座り込み、視界の端に乗ってきたいい加減ぼろくなってきた猿野酒店の原チャを入れながら、夜空を見上げる。 薄く浮かび上がる家並みの上、北斗七星とアンドロメダ座はすぐに、見つかった。 これ以上の星を俺は見分けられない。 目の前の道を、カーステレオからしゃかしゃかいう雑音だけを漏らして銀色の車が走り抜けていく。 ジュウハチになったら、すぐに免許取りてえよな、と考える。 凪さん乗せて、どっか行きたい。 ありがちだけど一緒に海とか、そんな普通のドライブ。 助手席は事故のときの死亡率がいちばん高いらしいから、俺は絶対に事故なんか起こせない。 だから、まあ、めちゃめちゃ練習しねえとな。 ピンポーン、というチャイムの音といっしょに斜め後ろの自動ドアが開いて、中から冷やされた空気が流れ出してきた。 店先に3つ並んだゴミ箱のゴミ袋を、右端の燃えるゴミのものだけ交換して、店員はまた適温というにはすこし涼しすぎる気がしなくもない店内へと戻っていく。 俺の脇や腹や膝の裏には薄く汗が滲んでいる。 御柳は相変わらずさっさと俺にとっては大奮発の高級アイスクリームを平らげて、物欲しそうに俺を見ている。 欠食児童じゃあるまいしそれ以上食いてェんだったらテメエで買ってきやがれ。 云ったら御柳は金持ってきてねーし、とふてぶてしく云うので、俺はスプーンに掬ったアップルパイ味のハーゲンダッツを御柳の口に突っ込んでやった。 俺も大概甘すぎる。

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