高校2年生の夏休み前の最後の月曜日だった。 朝どころか昨日の夜からアホみたいにクソ暑くて、何度も何度も寝返りを打っては爪先を滑らせ、火照った皮膚の熱を下げるためシーツの冷えた部分を探すけれど、どこもかしこも体温の生温さで寝苦しく、うとうとしたかと思えばじっとりと汗で湿ったわき腹とべたべた触れ合う腕の感触の心地悪さに意識を覚醒させると、カーテン越しに短い夜が既に終わっていることを知るような、そんな日だった。 半分眠ったまんま卵かけご飯となめこの味噌汁っていう純和風にして簡素な朝食を飲み込むように流し込み、カッターシャツと指定ズボンに着替えてゆうべ肩から床に滑り落としたほとんどそのまんまのスポーツバッグを再び担ぎ上げて沢松の運転するチャリの後ろでバイパス沿いのファミマで買ったジャンプの巻頭カラーの銀魂を噛み殺せない笑いを零しながら読んで、いつものことだけどマンガ読んで声出して笑うのやめろキメエと沢松にもう10年近く言われ続けているお決まりの苦情を貰って、始業時間ぎりぎりに到着した教室ではホームルームを待たずに机に突っ伏して、薄くなり始めた髪を気にしている担任教師のおい猿野おまえ学校に寝にきてんのかいい身分だなせめて出席取ってから寝ろ欠席にすんぞとかなんとかいう声を夢現に聞いたような気がするわりといつも通りの週明けだけど、期末テストも結果はともかくどうにか終了して、残った授業をやり過ごして消化すればいよいよやってくるのは待ちに待った夏休みだっていうそんな浮ついた空気が教室どころか3階建ての校舎全部に満ち満ちていた。

空はむかつくほど晴れていた。

春のセンバツに埼玉代表で見事出場を果たした我らが十二支高校は、夏の県予選では準々決勝で黒撰高校に惨敗を喫して今年も甲子園出場を逃し、黒撰高校はそのまま勝ち進み決勝では華武高校を破って甲子園出場を決めた。 県民球場の乾いた土の上で人目を憚らずに悔し涙を流した猪里先輩達もその翌日には晴れ晴れした顔で引き継ぎを済ませ、新主将の座には野球愛の系譜を受け継ぐ子津が収まった。 辰羅川がという声もあるにはあったのだけれども、犬飼くんのサポートに専念したいんですという相変わらずな主張がひとまず認められ、その犬飼の口癖じゃないがとりあえず他にあまりにも適任者が見当たらないって理由で副主将を務めることを渋々ながら了承した。 予選で負けたその次の瞬間にはまた、秋の新人戦に向けての新体制での新しいチームが始まっているけれど、1、2年生だけになった練習にはまだいまいち慣れ切らず、それこそ炭酸の抜けたコーラみたいにどこか間が抜けているような気が、する。 張り切っている子津には悪いなとおもわないでも無いけれど。 夏の大会が終わってから夏休みに入るまでの朝錬は自主参加って建前になっていて、それでも部員のほとんどが授業前の貴重な1時間ほどをグラウンドで汗を流すことに費やしていたけれど、俺はまだ1度もその中に入ることをしていなかった。 放課後の練習では率先して大声を出し捕球のために全力疾走している俺だけど、朝弱いんだよ、という在り来たりな言い訳を子津がどこまで信用しているかは謎、というより、まあ自主参加っすからね、とちょっとだけ皺の寄った眉間で言う子津じゃなくても、夏前までは欠かさず出ていた朝錬に出なくなった俺のことを不審がる部員は少なくないのだろうと想像に難しくない。 明確な理由があるわけではないのだ。 単純にしんどいとかめんどいとか、そんなわけでも勿論ないし、気が抜けたというのも近いようでやっぱりちょっと違うんだろうと、おもう。 たった1時間の睡眠と引き換えに朝錬に不参加を決め込むことで、起伏のない日常に何がしかの抵抗をしているつもり、と自己分析を試みれば試みるほどみみっちくてあほらしい。 漠然とした不安。 なんて文豪の遺書でもあるまいし。

40分の昼休み後、5限目の授業は古文で、腹が膨れて満足してるところに耳障りのよい柔らかな言葉を節をつけて謡うように音にされると、夏休み直前の生徒どころか教師までもちょっと弛んでるような空気の中でなくとも、眠りの海の中に沈んでしまいそうになってもしょうがないだろうなと俺は自分を正当化する。 授業開始を告げるチャイムの音を聞き、顎が外れそうなくらいおおきく欠伸をしながらそれでも格好だけは整えておくために、机の中からぎゅうぎゅうに詰め込まれた置きっ放しの教科書とノートを引っ張り出す、と出てきた古文の教科書のはずのものに違和感を感じた。 明朝体の古典の文字、月と萩を描いた日本画がレイアウトされた表紙に見覚えがないのは、あまり熱心に授業を受けていないせいではない。 黒板を背に古今和歌集の梅がどうしたとかこうしたとかいう歌を読み上げている熟女教師の声を聞き流しそのページを捲ってみると、やけに白くぱりっとしたままの紙の余白にうんこややけに不細工な2頭身の誰ともつかない人物が踊り、紫式部ののっぺりした下膨れの顔にはメガネや髭やアフロが付け加えられ、のやめの文字の丸く閉じた部分は黒く塗りつぶされているっていうようなその様はまあ俺のものとほとんど大差ないけれど、どう見ても俺のものなんかじゃないそれは多分間違いなく御柳のものだ。 去年の夏、練習試合で知り合った華武高校不動の4番バッターは、人を小馬鹿にしてチャラくて頭軽くて感じワリイくせに背があって顔がよくて勿論女の子には大人気で下駄箱にはラブレターが溢れる(らしい、俺は認めたくないが、というか今時下駄箱にラブレターを忍ばす女子がどれほどいるのだろうかというところがそもそも疑問だ)くせに、部活のない貴重な休日や放課後には俺とつるんでカラオケで尾崎を熱唱したり、どっちかの部屋で寝そべってマリオカートに興じたりしているというなんかよくわからん関係だ。 カテゴリー分けをするのなら、妥当なのはやっぱりトモダチってとこなんだろうし、現にケータイのメモリーでは友達の中にグループ分けされているけれど、例えば母親の腹ん中いる頃からのお付き合いの沢松は言わずもがな、小学校や中学校でのクラスメイトや高校入って知り合った野球部の連中なんかとはまた、どこか違うような気がする。 授業中マナーモードにしてるケータイを震えさせる、帰り牛丼食いに行こうぜってメールとか、駅前のチャリ置き場の階段でiPodの白いイヤフォン耳に突っ込んで座って俺のこと待ってる姿とか、家来てなんかもう帰んのめんどいとか言い出して風呂入って泊まった翌朝の、ふたつ折りにされた客用布団の上に案外几帳面に畳まれて置かれた俺の貸したパジャマ代わりのジャージとか。 見慣れた日常の中に、馴染まないのにいつの間にか存在している染みみたいな違和感。 見覚えのない教科書に、感じたそれと。

違和感。 御柳は、異物だ。

幼馴染やクラスメイト、十二支高校野球部員達、あるいは憧れの凪さん、みたいに明確に名付けられる役割が存在しない。 常に十二支高校の前に立ち塞がる強豪校の、同じポジションで同じスラッガータイプ、となるとライバルといって障りないのだろうけど、俺の意識ではどうもそういう方向には結びつかない。 バッター同士って視点から見ると直接対決することがないから、ライバルっていうとどうしても、バッターボックスとマウンドで対峙するピッチャーのほうを連想してしまうせいかもしれない。 そして俺にとってはっきりしないどこか宙ぶらりんの単なる他校の野球部員というだけではないらしい御柳は、ときどき、というには少しばかり多いような気がする頻度で、俺の隣に居たりする。

整理されずにただ無秩序に重ねられた机の中から、本来あるべき自分の教科書を探し出す。 明朝体の古典の文字は同じだけれど、その背景はくすんだ緑と灰色の幾何学模様だ。 先週の期末テストのために一応持って帰ってはみたものの、開いてみるどころか鞄から出すことさえしなかったはずだ。 御柳には昨日だって会った。 テスト明けってカラダ鈍って欲求不満で動くとフツーにキモチーよな、子津や兎丸なんかとそう言い合って薄暗くなるまで乾いた土に塗れて帰宅したら、見慣れた玄関のコンクリートの三和土には俺より0.5cmでかいハイカットのコンバースがきっちり揃えて鎮座し、白黒のチェッカー模様のシーツが乱れた俺のベッドの上ではその汚えスニーカーの持ち主の御柳が大の字になっていた。 落書きばかりが目立つ御柳の古典の教科書は、いつから此処に紛れ込んでいたのだろうか。 御柳がでかいエナメルのスポーツバッグの中に練習着以外のものを詰め込んでるところなんて見た覚えがないから、あいつン家で俺の荷物に混じったんだろうけど全く思い当たらない。 5月の中間テストの時には確か、御柳とテスト範囲の話をした。 俺らは方丈記あたり。 そう言うと御柳はああ北条政子とかなんかのやつっしょ、と返してきた。 ちげえよホウジョウ違いだ、まあ俺もよく知らんがな。 なんつうか御柳は、近いけど遠い。

机に押し当てている左腕が汗で湿ってちょっと不快だ。 今の俺の席は窓から2列目の後ろから3番目で、蒸し暑さからの解放を求めて気分のままに全開の窓に首を向けていると、俺と窓との間の障害物になる隣の席の吹奏楽部のやつがちょっと気まずそうな顔で視線を逸らす。 鈍く輝くアルミサッシの枠の向こうでは軽薄な夏が煌いて、蜘蛛の巣みてえに糸を張り巡らせ待ち構えているような気がする。 世界中が浮かれてるみたいな気がする。 そんな気がする。 そんだけだ。


雫のような毎日の