花見すんの、とたぶん何気なさを装ってたんだろう御柳に尋ねられた。 御柳は俺のほうなんか見てない。 癖みたいに左耳のピアスを触りながら車道を走ってく車を見ている。 排気ガス吐き出す白いクラウン。 ちっとも珍しくもない車体。 途切れない会話の半拍ほどの合間、さっきまで俺は昨日見たあらびき団の話をしていたし御柳はココイチの限定メニューの肉じゃがカレーって一見うまそうだけど具を見ると実際のとこ普通のカレーとあんま変わんなくねという話をしたりしていてそんな言葉の短い隙間に、そーいや、と御柳は問いかけてきた。 その会話の続け方の中にほんのちょっと混じった緊張に、気付かないほど御柳との付き合いは短いわけでもないけど、なんでそんな普通のこと訊くのにそんな身構えてんだこいつとか思わないほど御柳のこと知ってるってわけでもない。 行くんじゃねーの、部活の花見は毎年やってるしバカ親父とアホ兄貴も来週までこっち居るっつってうちのババアもなんか張り切って開花情報チェックしてたかんな。 そーなんか。 そーよ。 お前こそすんの、とか、お前も一緒に行くか、とか訊いたほうがいいんだろうか、もしかして、とか思ったのは質問に対する返答をし終わってしまったあとだったので今から付け足すのもなんか躊躇われた。 会話っつうのはテンポとタイミングが肝心だ。 お前も行きてーんか、つうかお前って案外俺以外の友達とかいねーの? こう付け加えると御柳は、友達はあんまいねーけどオンナノコのオトモダチなら正直困ってねえなとかそんなあたりの答えを返してくるんだろうと想像がつく。 想像はつくけれどそれは本当の未来ではないかもしれない。 もしかしたらむっとして黙ってしまうかもしれないし、傷付いたような顔をするかもしれない、考えにくいことではあるけれど、もしかしてもしかしたら。 そんな可愛らしい性格なんかじゃねえってのはもうすぐ2年になる付き合いの中でわかってるつもりだけど。 この17歳男子高校生の平均身長程度はある俺より軽く10cmはでかいこの御柳ってやつは。 明後日になればこいつも俺も高校3年生になる。

ほんとのところ桜はとっくに咲いている。 ちょっと遠回りになるけどこの季節だけ寄り道したくなる川原の土手のソメイヨシノの並木道とか、家から駅の間にある猫の額ほどの公園とか、いつも部活してるグラウンドの周りとか、どこもかしこも、まだせいぜい二分咲きってとこだけど。 学ランの下にはTシャツ1枚という服装ではすこし寒い春の午後。 家並みの上や開いた薄い花弁くっつけたごつごつと無骨そうな枝の向こうに広がる空の色は不透明な白。 花曇の、新学期を目前にしたそんな日。 寒くね、と言った俺に御柳はそうでもねえっしょと答えたけれど、当の御柳の背中は丸まっているし、両手はポケットの中だ。 マフラーやコートなんかはさすがに身に着けていないけれど、その下には長袖と半袖、少なくとも2枚は着てるだろうってことを俺は知っている。 暑いのが苦手で寒いのも苦手な御柳に、てめえ贅沢なんじゃボケと罵声を浴びせると、俺秋生まれだもんしょうがないっしょと返されたのは去年の冬のことだ。 もんとか言うなキメエな、つうかそんなもん言い訳にもならんわボケ。 俺のより高い位置にある尻を蹴り上げようとした俺のコンバースの爪先からするりと逃れた御柳は、くるりとターンをするように俺の太腿を蹴り飛ばした。 リーチの違いっしょ。 うっせえくたばれ無駄にすくすく育ちやがって! 御柳は尊大に笑った。 御柳はそういう奴だ、多分。

3年とか早エよなと俺が呟き、早エなと御柳が答えた。 お前進路とか考えてんの、と尋ねる言葉は俺の頭の中でだけ繰り返されて、俺の唇から出ることはないし、勿論御柳の鼓膜になんか届くわけない。 プロにでも行くんだろうなとか、進学にしたって野球推薦でいくらでも行けんだろうなとか、そんなことを俺の横に並ぶ無表情の横顔を盗み見ながらおもうことがあるけれど、御柳の口から何かを聞いたことは俺の覚えてる限り無いからこっちから尋ねるっつうのもなんだか癪で俺はしない、今のところ。 つまんねえ意地張ってるみてえだよなと自分でもすこしアホらしいような気はするけれど。 そんでもって御柳のほうも俺に卒業後どうすんのとかそんなこと訊いたりしないから俺も黙っている。 そんでこんなふうにどうでもいいくだらねえことばっかくっちゃべりながら、なんかキン肉マン読みたくなったとかいう御柳とブックオフへ行く為にバイパス沿いを歩いたりしている。 汚れた練習着の詰まったスポーツバッグのベルトを頭に引っ掛けた俺と、鳴り響いたメールの着信音に設定している山手線の発車音に、尻ポケットに突っ込んだケータイを取り出している御柳を、制服の下にジャージを着た十二支高校の女子が追い越して行く。 小さくなって行くたぶん下級生の防寒に優れたその後姿に、あれを撲滅してやりてえと心のままに発言すると、ちらりとケータイのちいさな液晶画面から一瞬視線を上げた御柳が同感っしょと俺よりちょっとでかいけど長い指が優雅に見えてなんかむかつく手でちいさいボタンを連打してメールを作りながら俺の意見を肯定する。 俺らだけじゃなく世の中の野郎どもの多くにとってそうだろうその同調が何故だかちょっとだけ気に入らなくて最前までの自分の発言をひっくり返す。 しかし冷えは女性の大敵だからな、しょうがねえ。 てめえ変質者のくせにフェミニストだよな、つうか前からおもってたけどおまえ女に夢見過ぎっしょ。 夢って何だよ冷えがよくないのは一般常識だろうが!だいたい女の子つうのはそもそも可憐で儚く柔らかく時に強くだな、凪さんの菩薩様みたいな笑顔を脳裏に描きながら一般論の体をとって熱弁を振るい始めたところに御柳の声が被さる。 変質者のほうは否定しねえのか。 うっせ死ね! 幅広のベルトで額のちょっと上からぶら下げた重たいバッグを反動をつけて振り回し、御柳にぶつける。 いたーい、メールの送信ボタンを押してぱたんとケータイを閉じながら棒読みのリアクションを返されたところで、睫毛の先端を水滴が霞めたような気がした。 反射的に頭上の白に視線を向けた俺と逆に御柳はスニーカーの下のアスファルトを見詰め、薄くちいさな水玉模様を確認してから降ってきたと独り言みたいに呟いたのを俺は聞いた。 やべ走ろうぜ。 スポーツバッグをきちんと肩に掛け直し、7歩ほど小走りに駆けてみてから続く気配のない不審さに振り返ると、もともと丸かった背中をいっそう丸めて御柳はさっきまでと変わらない速度で歩いている。 すぐ止むっしょ、走るとかめんどくせーし。 寄せた眉の間には皺が刻まれ、口元は学ランの襟に埋もれかかってほとんど見えない。 ぽつぽつと降り始めた雨は頬や鼻には当たったけれど、髪や学ランを濡らす程でもない。 立ち止まった俺に御柳はすぐに追いついて、再び肩を並べる。 散るかな。 言ったのは御柳で、こんな程度じゃ散らねえよそもそもまだ咲くってほど咲いてもねえしと答えたのは俺だ。 つうかおまえ花見とかしねーんだろ。 少しばかりの勇気と共に一瞬の躊躇のあと出した問い掛けに、拍子抜けする程あっさりとまあしねえっしょと御柳が言って、俺は俺の思い過ごしだったのだろうかと考える。 花見すんの、と訊いた御柳の声の中に探るような響きを見たような気がしたのは。 よくわかんねーなと首を捻って、すぐに考えることをやめた。 結局のところそんなもんだ。 俺と御柳は他人で、相手のことなんて想像でしかわからない。 わかりあえることなんてない。 俺と御柳だけでなく、全てに対して言えることだけれど。 あ、と普段よりすこしだけ高い声を上げた御柳にどしたよと尋ねる。 ブックオフのカード忘れたような。 今ツタヤのと一緒なったろーが。 だからそれ忘れた。 俺ンとこポイントつけとけ。 せこい話をしながら時折肌に触れる降り始めの雨の中を俺たちは歩く。 自然と背は丸くなり、肩をすくめて。 吉牛とユニクロの向こうにブックオフの黄色と青の派手で軽薄な看板が見える。 均一化された、ありふれた郊外の風景。 俺たちは明後日高校3年生になる。


無色透明の殻をかさねて